涼太 「渚沙……」
涼太 「だから……言ってるだろ? 俺はもう、思い出してるんだ。だから、そんな……」
渚沙 「本当に思い出してたらっ! 懐かしいだけ、なんて、絶対に言わないっ!!」
涼太 「……っ」
渚沙に、心の奥底を見透かされたような気がして、ドクンッと心臓が悲鳴を上げた。
渚沙 「あたしが、昔のリョータとりんかが手を繋いでるところを思い出したとき、苦しかったっ」
渚沙 「悲しかったっ。嫉妬で、頭がおかしくなりそうだったのっ!!」
渚沙は、今にも胸から血が流れそうなほど、悲痛な声で叫んだ。
渚沙 「記憶と気持ちって、きっとセットなのよ……」
渚沙 「だって、だってね……?」
渚沙 「あたし、りんかにこんなに嫉妬してるのに……りんかの、昔のこと思い出すたびに、りんかのこと好きになってるもの」
渚沙 「りんかは昔から可愛かった。魅力的だった。……明るくて、元気もあって、一緒にいると楽しくなる。……憧れ、だったの」
渚沙 「だから……あたし、今のリョータはきっと、りんかのこと思い出してないんだと思う……」
ああ……。俺はなんてバカな嘘をついたんだろう。
俺たちは、同じように記憶を失っていたんだから、それを思い出したらどうなるかなんて、共有している感覚だったはずなのに。
渚沙 「リョータは、こんなあたしのことを、好きだって言ってくれた……」
渚沙 「嬉しかった……。幸せだった……。でもね? リョータは昔、りんかのことが好きだったの」
渚沙 「その思い出は、きっと数えきれないほどあって……それで、あたしみたいに、それを思い出すごとにりんかのことを好きになる」
渚沙 「あたしはそれを……リョータの横で見ていることしかできないのよ……」
涼太 「渚沙……違う。違うんだ、渚沙……」
りんかのことは、確かに好きだった。それは、恋と呼ばれるものだっただろう。
りんかのことを思い出すたびに好きになることは、渚沙の言う通り、きっとあると思う。
だけどそれは、渚沙に今抱いているこの切なさとは……もう、種類の違う感情なのだ。
けれど、俺はその気持ちを……正しく言葉にできなかった。
涼太 「渚沙……」
渚沙は泣き止まなかった。
俺は、自分の無力さを思い知った。俺には、好きな女の子一人、慰めることもできないのだ……。
渚沙 「あたし、わかんないよ……」
渚沙 「涼太は優しいし、りんかは可愛いもん……」
渚沙 「涼太は抜け駆けしたあたしに、気を遣ってくれてるだけかもしれない……」
渚沙 「今は、あたしでいいと思ってるかもしれない……」
渚沙 「でも、りんかとの思い出が戻るたび、やっぱりりんかの方が好きだと思い直すかもしれない……」
渚沙 「あたし、自信ないよ……」
涼太 「渚沙、違う。それだけは……絶対に違う」
涼太 「俺がおまえを好きだって言ってるのは、気遣いなんかじゃない」
涼太 「俺が渚沙を想う気持ちと、りんかに感じる友情はまったく別物だ!」
渚沙 「……ありがとう、リョータ。そんなこと言ってもらえるなんて、あたし、凄く嬉しいよ」
渚沙は涙を止めずにそう言った。
昨日も見た、心の底からは納得していない表情の渚沙がそこにいた。
涼太 「な、渚沙。だからな……?」
渚沙 「ううん。いいの。……リョータの気持ちはわかったから」
俺の気持ちがわかってたら、そんな顔はしない……。
渚沙 「ありがとう。ちょっと一人で考えてみるわ」
涼太 「待て。渚沙」
今の渚沙を一人にしてはいけない。そんな気がした。
渚沙 「ダメ。付いてこないで」
涼太 「いや、付いていくぞ」
渚沙 「っ……付いてこないでっ!!」
涼太 「……っ」
渚沙からは聞いたこともないような大きな声に、思わず足がすくんでしまった。
渚沙 「ごめん、リョータ。今日だけだから。また明日から、普通にするから。ごめんね……」
そう言い残して、渚沙は剣道場から去って行った。
涼太 「ああっ、くそっ……」
違うだろ、渚沙の声にびびって足を止めるところじゃ、なかっただろ。
俺は、なんでこう、肝心なところであと一歩、手が伸ばせないんだ。
涼太 「探さなきゃ……」
まだ、遠くへは行っていないはずだ。
見つけ出して、伝えなきゃ。
俺が好きなのは、渚沙……おまえただ一人なんだってことを。
みんなが補習を受けている教室の前を、こっそり身をひそめながら通り過ぎていく。
剣道場から校門にかけて、校門までは結構距離がある。……しかし、そこに渚沙の姿はなかった。
だとすれば、渚沙はきっと学園の外ではなく、中にいるはずだ。
当然、今さら自分のクラスに戻って大人しく勉強しているとも思えない。
だとすれば、選択肢は限られてくる。
追いつめられた渚沙が、逃げ込みそうな場所と言えば……。
渚沙 「もう、やだっ! 本当に、一人にさせてよっ!!」
涼太 「っ……。渚沙!」
図書室の方から、渚沙の声らしきものが聞こえた。
もしかすると、りんかと鉢合わせたのかもしれない。
俺は、図書室に向かって急いで駆け出した。
(to be continued…)