放課後の図書室は、夕焼けに赤く染まっていた。
普段なら放課後でも人気がないことはないものの、今は夏休みだ。
補習が終わってから図書室に来ようという変わり者もそうはいないらしく、ひっそりと静まり返っている。
そんな中、変わり者が一人だけいた。
渚沙 「………」
夕日の当たる窓際の席に座って、本を読んでいる。
でも、その様子はどこか上の空で、視線がページを滑っているように見えた。
渚沙 「……はぁ」
ため息のような息を吐いて、読んでいた文庫本を机に伏せる。そして顔を上げた渚沙と目が合った。
渚沙 「あ、リョータ……き、来てたの?」
涼太 「あ、ああ。今来たところ。……また、ラノベか?」
渚沙 「……う、うん。そう」
渚沙は、伏せた本をちょっと上げて表紙を見せた。
渚沙 「余命一年の男の子と、不死の女の子が出会って恋をする、ってお話なんだけど、読む……?」
涼太 「渚沙の、オススメなのか?」
渚沙 「……んん。その、まあ、結構」
涼太 「それなら……今度借りてみよう、かな」
渚沙 「……へ?」
涼太 「ま、まあ、その話は今度に。今日は別の用事、なんだよな……?」
そう訊きながら、俺は自分の鼓動が速くなっているのを感じていた。
渚沙 「う、うん……」
渚沙も緊張して少し強ばった顔になっている。
その表情が、これから起こることはなにか特別なことなのだと予感させ、俺はますます緊張してしまう。
渚沙 「あのね……話の前に一つお願いがあるんだけど、いいかな?」
涼太 「……あ、ああ」
渚沙 「あ、あたしに、昔やってくれたみたいに……勇気の出る魔法、かけてほしいの」
涼太 「勇気の出る、魔法……?」
昔……? 俺は、渚沙にそんなことをしたことがあっただろうか?
渚沙 「あたしが勇気を出せるように、緊張を和らげてほしいの……その、“こころえのぐ”で」
涼太 「“こころえのぐ”を、渚沙に……か」
確かに、緊張や不安を和らげることは、“こころえのぐ”なら出来るはずだ。
ただ、この能力をお願いされて使うというのも、なんだか変な気持ちだ。
渚沙 「ダ、ダメ……?」
涼太 「ダメってことは、ないけど……」
渚沙 「で、できる、わよね……?」
そんなに今にも倒れてしまいそうなフラフラな状態でお願いされたら、断れるわけもない。
涼太 「やって、みる……」
渚沙 「う、うん。お願いします……」
イメージするのは冷たい青色から、温かい赤色への変化。
涼太 「……“こころえのぐ”」
俺は、人差し指を渚沙の胸元に向けて、さっと振るった。
渚沙 「……あ」
渚沙の顔から、少しだけ緊張から来る固さが取れた気がした。
渚沙 「うん。……ありがとう、リョータ。あたし、勇気もらえたよ」
涼太 「なら、よかった」
渚沙 「……うん。だから、もう言わなくちゃ……」
渚沙は、そこまで言って口をつぐむ。その後の言葉が続かない。
“こころえのぐ”の効果は、俺が力を使っている間しか持たない。
だから、渚沙を緊張させているものが近くにあるのなら、能力を切った瞬間に緊張はぶり返すことになる。
渚沙 「えっと、えっとね……」
渚沙の緊張は、見ている俺からも痛いほどわかった。こっちまで苦しくなるぐらいだ。
そんな渚沙の緊張が伝染したように、俺の鼓動もうるさいぐらいに激しくなる。
渚沙 「……ラノベの神様、仏様、女神様。どうか、どうかあたしに……もう一度だけ、力を貸してください」
渚沙は小さく自分を励ます。
そして、なにか決意したように顔を上げた。まっすぐ俺を見つめる。
夕日を浴びて、その顔は真っ赤になっていた。
渚沙 「あの、ね……」
渚沙 「あたしたちって、同じ日に生まれて……ずっと一緒に、兄妹みたいに育って来たわよね……?」
涼太 「あ、ああ。そうだな……」
そう、俺たちはずっと兄妹みたいだった。男とか女とか、そんなこと意識しない関係。
……だったはずだ。
渚沙 「でも……本当のこと、言うね……?」
涼太 「ほ、本当のこと……?」
渚沙 『うん……あたし、本当はずっと……ずっとね……』
突然頭の中に流れ込んできた渚沙の“ひみつでんわ”に、一瞬だけ驚く。
……だけど、すぐにそんなことは気にならなくなった。
俺は、渚沙の潤んだ瞳から目が離せなくなっていた。
渚沙 『あ、あたしは、ずっと……』
渚沙 『リョータのことが、好きだったのっ!』
渚沙の力強い告白が、“ひみつでんわ”を通して頭の中に鳴り響いた。
渚沙 「んっ……」
渚沙は、恐る恐る、と言った様子で俺の方をうかがっていた。
渚沙 「……ああ」
渚沙 「伝えちゃった……。うん、でも……伝えられたんだ、あたし」
でも、やがてホッとしたように小さく微笑んだ。
驚いたのは俺の方だ。
……話の内容は途中から予想していたものの、「好き」という言葉の衝撃は、思っていた以上のものだった。
渚沙 「お、驚いた……?」
涼太 「う、うん……驚いた……凄く」
渚沙 「だ、だよね。……そりゃ驚くわよね」
涼太 「……ずっとって、その、いつからなんだ?」
渚沙 「い、いつからって……」
渚沙は少し考える。そして、困ったような笑みを浮かべた。
渚沙 「そんなの、わからないわよ……」
涼太 「そ、そういうもの、なのか……」
渚沙 「だって……」
渚沙 『そ、その……』
渚沙 『気づいたときには、もう……好きだったんだもの』
にっこりと微笑みながら、もう一度渚沙ははっきりと「好き」と言った。
思わず見惚れてしまうほど、その表情は輝いて見えた。
涼太 「………」
俺は渚沙のことを綺麗だと思った。
渚沙のことをそんな風に思ったのは初めてかもしれない。
(to be continued…)